仁寺洞(インサドン、Insadong)という名前は、朝鮮の漢城府の寛仁坊と大寺洞から一文字ずつ取ったものです。今は鍾路2街から安国洞交差点まで続く大通りと、その両側の路地を指します。
通りの南端、タプコル公園の場所には、1465年(世祖11年)に建てられた寺、円覚寺がありました。1504年に燕山君が寺を廃しましたが、1467年に造られた大理石の十層石塔は今もその場所に立っています(国宝)。寺の跡には、のちにソウル初の近代式公園であるタプコル公園がつくられました。
1919年3月1日、タプコル公園で独立宣言書を読み上げ、万歳を叫んだことから3・1運動が始まりました。2年後の1921年には、孫秉熙の発議で建てられた天道教中央大教堂が、近くの慶雲洞に完成しました。
日本統治時代の末期から骨董品店が集まり始め、続いて伝統茶屋や工芸品店が根を下ろしました。ソウル市は1988年にこの通りを伝統文化の通りに、2002年にはソウル初の文化地区に指定し、通りの個性を守るようにしました。2004年には、路地を建物の中に移したようなサムジキルがオープンしました。
近くの雲泥洞にある雲峴宮は、高宗が生まれ、王位に就くまで育った興宣大院君の家です。徒歩解説コースが通る曹渓寺は、1910年に覚皇寺として始まり、1954年に今の名前になりました。大韓仏教曹渓宗の直轄教区の総本山です。